2016年06月21日

Neuvola

あんた、ネウボラっち聞いたことあるね?
といきなりボスに尋ねられたのが4ヶ月くらい前。ちょうどベトナム帰りだった私は、ベトナムで食べそこなった料理の名前だろうかと思った。
調べたところによると、ネウボラとはフィンランドの子育て支援のことらしい。
ネットで検索すると「切れ目のない支援」だの「日本版ネウボラ」だのヒットする。
へー、フィンランドって高福祉国家なだけあって、やっぱ子育て支援も行き届いてるんだなーくらいの感想。

で。
このたび、私の地元からフィンランドに飛ぶ直行便(フィンエアー)が就航し、調子に乗って往復航空券を予約してしまった私は、何の目的もなくヘルシンキに行くことになったのであります。
航空券を予約したのはひと月半ほど前。
その時は無目的だったし、まぁ、行く飛行機の中で行きたい場所でも考えればいいかー程度。
でも先週、ジェントルマンなボスとおしゃべりしていて急にネウボラのことを思い出し、あ!ヘルシンキに行くなら、ネウボラ見てくればいいっちゃないと?っていう話になり。
金曜の夜(フィンランドは金曜の夕方くらい)に、ヘルシンキ市役所の保健・社会福祉部の人に「不躾なお願いではございますが、資料だけでもいただきたいので、訪問させていただいてもよろしいでしょうか」とメールしてみました。ヘルシンキに行くのは今週の水曜日からなのにさ。いくらなんでもいきなりすぎるよね、このメール(笑)って自分でもわかってましたけどね。
昨夜遅く(休日なのに)、「責任者にメール転送したから、ちょっと待ってね。会合は難しいけど、資料はあげられると思うの」って返事が。
そしてほんの2時間ほど前、責任者の方から「この資料読んでもらったら、だいたいのことはわかるはずよ!」という文面とともにパワポのデータが送られてきました。
すげーな、おい…
データ見てたんだけどね、日本ではネウボラ=切れ目のない子育て支援っていうイメージが先行してしまってるけど、彼らはネウボラのことを英語で“Maternity Clinic”と表現していました。ホントに、妊娠して出産して、そのちょっと後くらいまでを対応するのがネウボラのようです。
なーんだ、ネットの記事と全然違うじゃん!

…というわけで、ネウボラ情報をゲットしてしまったので、私の旅はまたもや無目的になってしまったのです。
どうしよう。
とりあえず、教会と公園には行こう。それ以外は考えてませんっ!

そうそう、ジェントルマンなボスから「水曜日から旅に出るなら、火曜日は早く帰らなくていいの?旅行の準備があるんじゃないの?」と心配されてしまいました。
大丈夫ですよー、パスポートとお金があればどこでも行けますから〜‼︎ って答えたらドン引きされたけど…なんで?
海外旅行だよ?持っていくものとか、考えなくていいの?大丈夫?としつこく聞かれ。
えー、だって、地球上ですよ。宇宙に行くなら考えますけどーw
とさらに余裕ぶっこいてみたり。えへっ。
旅慣れてるんだね、って言われたけど、そんなに旅行いってないよ、わたし。
海外なんか、ほんと、20年ぶりに行ったんだよ。去年1回、今年に入って2回目。今年3回目の旅は英国行き決定してます。楽しみ!

ネウボラの話から逸れまくったけど、高福祉国家フィンランドの日常を垣間見てこようと思います。

posted by Deanna at 01:16| Comment(0) | TrackBack(0) | Social Work and Psychology | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月30日

Little Princess

小公女セーラ。
小さい頃に読んだ本でもあるし、アニメも見ました。

あの頃からやたらとイギリスに惹かれてたけど、改めてアニメ版小公女セーラを観たところ、舞台は1885年のイギリス。
ビクトリア女王の時代で、英国は植民地を拡大し、インドも英国領だった頃。
だからセーラの父ははインドのダイヤモンド鉱山に投資しているという設定なのね…。

ところで、ビクトリア女王時代の英国と言えば、社会福祉士国家試験に絶対に出てくる調査があります。
1つはブースが行った貧困調査。
もう1つはラウントリーがヨークで行った貧困調査。

英国文学でいうと、小公女セーラって、ディケンズのオリバー・ツィストや、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズと同じ時代なんだと理解した私。

1884年にはロンドンのスラム街にセツルメントハウス(トインビーホール)が設立されています。家庭の労働の担い手が子どもであった時代。そしてその子どもの労働が社会的な問題として取り扱われるようになった時代。セーラって、そんな時代に裕福な家庭の子女として教育を施されていたんですね。

子どもの頃は何も考えずに小公女セーラを観たり読んだりしていたのだけど、今思えば、私が福祉の専門家になろうと思ったのって、セーラが生きていた時代のイギリスの思想にものすごく影響を受けているのかもしれないなぁ。
なーんてことをふと思ったのでした。

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2014年08月05日

専門性

仕事柄、人前で自分の仕事について話す機会があります。
たぶん、私の仕事は、周囲から見ると恐ろしいほどに異質なものなのです。
形として何かが必ず残るわけでもなく、結果がすぐにわかるわけでもない仕事というのは、おそらく、今の世の中で、特殊な部類に入るのだろうと思います。そして、私が仕事をしている相手は、数や形で結果を出すべきだと考えている人たちばかりなので、そもそもの入口が噛み合っていないのだと感じます。
そんな方々を相手に、私がどんな風に情報を集めて、その情報から何を導き出して、どんなゴールを予測しながら支援計画を組み立てていくのかをお伝えするという作業は、想像以上に大変なのです。
思ったように反応が返ってこなかったり。

おそらく、私たちの仕事の専門性は、長い間、たくさんの方に誤解されたままでした。
任せておけばいい相手、くらいにしか思われてなかったのです。
でも、違うんです。
チームの一員でしかないんです。
お互いの得意分野を尊重し、お互いを補いながら、一つの仕事を成し遂げていく、チームの要。それがワーカーの仕事なんじゃないのでしょうか。

少なくとも私はそう思います。
もっとたくさんの方々に、ソーシャルワーカーの仕事を理解してもらえるよう、日頃から、コミュニケーションを取っておかねば。
と、改めて思いました。
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2014年05月29日

再会

某施設で働いていた頃の教え子が遊びに来てくれました。退職する前に会ったっきりで、たぶん7年ぶりくらい。

Aくんは、寡黙な男の子だったけど、たくさん話す、たくましい成人男性になってました。7年くらい前は大工になりましたって報告に来てくれたんだけど、何年か前に船乗りになったそうで、大切な家族もできて、きちんと養っていると話してくれました。
Bくんは、中学時代は学校に行くのがきついって言って悩んでたけど、高校は皆勤、自動車関係の勉強を続けて、今は自動車整備士としてしっかり仕事をしてるそうです。

今日、2人とは焼鳥屋に行きました。2人が私のことを「先生」と呼ぶので、焼鳥屋のおじちゃんが不思議に思ったみたいで、「何ば教えよったとね?」と聞いてきました。
2人とも、迷うことなく、「人生の先生っていうか…」と答えました。
その答え、わたし、とってもうれしかった。
児童福祉の最終的な目的は、「人生の意味を取り戻すお手伝いをすること」だと私は感じているからです。
もちろん、彼らとこんなことを直接的に話したことはありません。
でも、彼らはそのメッセージをちゃんと受けとってくれていた。
あぁ、あの頃の私たちは、きっといい仕事ができてたんだな、と思う。

福祉の真髄を再確認できた再会でした。
また会えるといいな。
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2014年05月21日

How to break a bad news

悪いニュースの伝え方。
ワーカー業務をしていて、福祉以外の分野の方々の大半は、悪いニュースの伝え方が下手だなと感じることがよくある。

昨夜、前職でお世話になった在宅医のS医師からのお誘いで、緩和医療研究会に参加した。S医師の教育講演もあり、医療用語はわからないが、ワーカー業務にも活かせる視点を改めて確認できた思いがする。
あなたは末期ガンです、もう手の施しようがありません、治療はないのでどうぞご自宅に戻られてください、と告げるのは簡単。
「でも、私たちは、あなたが、あなとの人生の最後を、幸せに生きていくためのお手伝いができます」
この一言が言えるか言えないかがカギだ、とS医師は静かに述べられた。

もう何年も前、横浜に虐待対応の研修に行った時、基調講演をした英国人が同じことを言った。
当人にとって受け入れがたい現実でも、サポートがあるということを伝えなければ、何の意味もなさない、と。
危機介入。
危機の危は危険の危だが、
危機の機は機会の機なのだ。
ピンチをいかにチャンスにするのか。

ただ、ピンチをチャンスにするためには、普段から「何でも言える関係」を作っておかなければならない。
何の関係もない人間が、あんた、こんなことしとったらいかんよ、と言っても、関係構築なんかできっこない。
そして、関係が切れることを恐れて何も踏み出さないのは、もっと愚かなことだろうと思う。
今、危機介入するリスクと、危機介入せずに悪循環を続けていくリスクと、どっちがいいのか、という話である。
私は、今はこんなに良くない状態だけど、ちゃんとサポートするから、良い状態にしていこうね、と伝えることができるワーカーであり続けたい。
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2014年03月05日

教え子

もう10年以上前になりますが、児童福祉施設で働いていた頃、1人の男の子に出会いました。その子は目が大きくてわりとイケメンで、でも無口なので何考えてるかわかんない、職員としてどう対応すればいいのか模索しまくりなタイプの子でした。

ある日、彼(Aくん)は何十kmも離れた場所にある実家まで自転車で帰ると言い出し、自転車に乗って去っていきました。
怒って連れ戻すのは簡単ですが、Aを担当していた臨床心理士自身も自転車に乗ってAの後を追いました。Aはもちろん臨床心理士が付いてきていることに気付いてましたが、ただひたすら実家に向けて自転車を漕ぎ続けました。
実家までの距離が半分くらいになった頃、Aは臨床心理士の方を振り向き、今いるあたりでの思い出話などポツポツと語り始めました。
そうやって話をしながら、彼らは実家に着いたのでした。

おそらく臨床心理士は「Aのことをどんなことがあっても見捨てない大人がいるんだ」と行動で示したのでしょうし、A自身にもそのノンバーバルなメッセージは伝わっていたようです。

Aは中学卒業と同時に自宅に帰り、大工になるための勉強をし、大工になりました。20歳になった時にAは施設に遊びに来てくれて、大工として頑張ってると話をしてくれました。たくましい青年になっていました。
あれからもう7年くらい経過してると思います。
今はまた別の仕事をしているそうですが、前向きに頑張っているようです。
無口だった男の子が、自分の言葉で、きちんと話をしてくれている。当時微力ながらも関わった職員の1人としてこんなに嬉しいことはありません。

児童福祉の真髄とは、その子自身の人生の意味を取り戻す手伝いをすることに他ならないと思っています。その子が、その子なりに人生の意味を見出した時に初めて支援が終わるのです。そしてその支援が正しかったかどうかは、その子が家庭を持った時に初めてわかるものなのです。
なんて気の遠くなる話…
でも、あなたのことを真剣に考えてる人がいるんだよというメッセージを伝え続けていきたい。それが私のライフワーク。
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2013年10月18日

福祉と臨床

臨床心理士の資格を取るくらいなら、精神保健福祉士の資格取ればいいやん、と言われる。

心理とか精神とか付いてると、同類項だと思われるらしい。
全くの別物なんだけど。

福祉場面で臨床心理学的な知識を応用して対応してきた私にとっては、経験的に、子どもにとって何が刺激になっているのか、またその場面にどう対応すべきかがわかるけれど、それは周りにはうまく理解できない感覚のようです。
実績積んで理解してもらうしかないよねー。

旧友の力を借りようかなぁ。
posted by Deanna at 07:12| Comment(0) | TrackBack(0) | Social Work and Psychology | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月15日

若返り

今日は87歳のおばあさま(利用者さん)の病院受診の付き添いをしてきました。
以前は違う病院を受診されていたのだけど、主治医が忙しくてゆっくりお話する時間もなく、これといった安心感も得られなかったので、ご家族と相談して、H先生からS先生に主治医(受診先の病院)を変更しました。
あれから9ヶ月。
歩くたびに「あいたー、あいたー」と言い、認知症状が出現するため家族からは疎まれ…という状態だったおばあちゃまが、手すりや杖がなくてもさっさと歩き、S先生からの質問にもすっとお答えになり(もともと、頭のよろしい方だったようです)、睡眠導入剤がなくても早寝早起きができ、家族からも「物忘れがあっても、それがおばあちゃんだから」と受け入れてもらえるようになりました。
今日の受診時は、「ステキな重ね着ですね」と褒められ、「顔色がよくなりましたね。若返ったみたい」と言われ、おばあちゃまも「まぁ、せんせい揺れるハート」とうっとりしておいででした(笑)。

認知症の周辺症状が出現すると、家族はとっても大変です。
気持ち的にも受け入れがたいし、毎日のお世話に追われて疲労していきます。
その時期を乗り越えると、実はそんなに大変ではなくなったりもするんですが…。
上記のご家族の素晴らしい点は、受診時に実の息子さんが付き添ってこられること。お嫁さんが「あなたが行かないと何も始まらない」とけっこう強く言われたそうです。でもそうやってご家族に付き添っていただいて、ご家族の困りごとを主治医に聞いてもらう(気持ちを受け止めてもらう)という作業を地道に繰り返すことはとても重要で、その結果、あるがままのおばあちゃん像を家族が受け入れてくれるようになりました。

私にとってのs先生はとても頼りになる方で、患者さんだけでなく周囲にも まるで魔法使いのように安心感を与えてくださいます。このようなお医者さんに出逢えたことは、私や私が所属する事業所全体の財産でもあります。

あなたがいるだけで安心するのよ、って思ってもらえるようなワーカーを目指して。
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2013年02月05日

つなぐということ

児童分野だったり高齢者分野だったりという違いはあるけれど、福祉のお仕事に携わって10年以上経ちました。
私は大学で心理学を学びました。卒業後、子どもの心理支援をしたくて情短という当時はレアな施設に就職して、「心理支援ってなんじゃ?」と考え続けた結果、もっとジェネラルなケースワークができる人間にならなきゃ心理支援だけやってても意味がないんじゃないかと思うようになり、社会福祉士の資格を取りました。
この資格、国家資格なのに超マイナーなんだってことに数年前に気付きました。
「社会福祉士って何?ヘルパーさんとかケアマネさんとは違うとね?」とよく言われます。
ケアマネの資格も持っていますが、ケアマネは介護保険の点数管理をする保険屋さんみたいなものです。社会福祉士は介護保険以外の福祉分野の知識や実践も必要とされます。ようするに、活動の幅が違うわけです。
ただ、ハローワークなどに行って求人票を眺めていても、「ケアマネ募集」の記事はたくさんありますが、社会福祉士募集の記事はほとんどりません。なぜって、ケアマネは給付管理費というのがあって介護保険報酬に結びつくから収入源も確保できるけど、社会福祉士の給料ってどこから出すの?って話になるからです。

それはさておき。
最近、諸事情でケースの引継ぎをしないといけないことが多くなり、次の担当者さんにどの情報を伝えたらいいのか、どう伝えたら効率的なのかを考えるようになりました。例えばAさんのナマの情報だとしても、私というフィルターを通してまとめた情報だし、私はあまり重要ではないと思った情報でも次のワーカーさんがどう受け取るかはわからないし…とか、いろいろ考えてしまいます。他人の履歴書を私が作成しているようなものだから、よけに迷います。
以前、施設勤務をしているときは行政から情報を受け取る立場でした。「この子の最終目標は何だろう?」という視点でいただいた情報を何度も何度も読み返すのですが、行政の方は施設での生活が何を意図して営まれているかを把握されていないこともあって(把握しようにも、県の職員は3年くらいで異動していくのでよくわからないまま終わっていく感じ。仕方ないのかもしれないけどね)、「んー。ケースの概要と結論(施設入所は適当である)が結びついてないなー」と思うこともしばしば。

先日の研修で、アセスメントって多角的にケースを捉えて分析するってことですよ〜と講師がさらっと言ってました。別の国家資格の研修の時には「アセスメントって、何でもいいから感想を書いてみて!」と講師が言いました・・・(汗)。
感想述べるだけならプロの視点なんかいらんわ!!と思いっきり言ってやりたくなりました。
話がそれたけど。
多角的に情報を分析するためには、自分自身もいろんな情報を持っておかないといけないし、何よりも、柔軟に考えられるようにならないといけないなと思っています。
以前勤務していた児童福祉施設には心理士もいたし指導員もいました。みんなで情報を持ち寄って一人の子の人物像を考えて、みんな同じ対応ができるようにケース会議をしていました。
高齢者福祉の分野にも、心理士さんがいたらいいのになと思うことがあります。認知症だから何考えてるかわかんないとかいうことではなく、その方がこの世界をどう見ているのかを少しでもわかるために、心理検査して分析してくれる人がいたらいのにって思うのです。
残念なことだけど、高齢者福祉の世界はとっても閉鎖的です。私にとってはとても息苦しい。
その人が家ではこんな様子だけど、病院ではこんな様子だし、こんな場面ではこんな表情を見せることもあるよ、という話をしても、「うちの施設ではいっつもこうだから、そんなよその情報なんかいりません」という反応なのです。
こんな時、昔の同僚の心理士さんがいたら、「どうして場面ごとに行動が変わるのかというと…」とデータを元に分析した情報を交えながら解説をしてくれるんじゃなかろうか・・・。
私は社会福祉士でもあり、ケアマネでもあり、心理士の端くれでもあるので、「この方のこの行動にはこんな意味があるのでは?」といったことも含めて次の方に引き継いでいきたいし、その方を取り巻く関係機関もうまく相互理解を深めてもらえるように、よい“つなぎ”ができるような働きができればと常々考えています。
人と人、人と資源をつなぐ仕事ってけっこう難しい。けど、やりがいがあります。
posted by Deanna at 10:25| Comment(2) | TrackBack(0) | Social Work and Psychology | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする