2016年05月05日

大型連休2016

今年の大型連休は微妙な飛び石具合。私は暦どおりの勤務なので、4月29日(金)〜5月1日(日)と5月3日(火)〜5月5日(木)はお休みでしたけど、2日と6日は仕事ってなんか微妙だなぁ…という感じでした。

お休み中、ほとんど何もせず、4月中の疲れを癒すべくひたすら寝ていました。それこそ家族から「生きてる?」と心配されるくらいに。


九州に住んでいながら全く言及してませんでしたが、4月14日午後9時半頃と4月16日午前1時半頃、平成28年熊本地震がありました。
14日はまだ仕事中で、私の職場は高いビルの16階なのでそれなりに揺れを感じました。同僚も何人か残っていて仕事をしていたので心細くはなかったけれど、震源地が熊本と聞いて古い友人たちのことが心配になりました。
16日の大きな揺れの時にはさすがに自宅にいましたが、なかなか揺れが収まらず、夜中だし暗いし、携帯電話はビービー鳴るし、怖いっつーの!と思いながらベッドにしがみついてました。いま思うと、ベッドにしがみついてても何もならんねん…

数日後、熊本の友人から連絡が来た時には本当に安堵しました。
また、元職場はまさに震源地である益城町にあるのですが、なんとかなっているようだという話を耳にし、今さら私がしゃしゃり出ていく必要もないだろうと思って、特に連絡はしていません。
さらに心配していたのが私が所属している教会なのですが、建物自体は無傷ではあるけれど、断水等の被害もあり、また、近所の方々の避難所としても利用されているようでした。
お手伝いできることがあれば…と思い、牧師さんに連絡をしたところ、大型連休中はボランティアが溢れるだろう、とのこと。被災地の方々に逆に迷惑になってはいけないので、連休明けにでもお休みを取って熊本に行こうかと思っています。

私は、日本人が考えている「ボランティア」の定義がいまいち理解できない人間です。なんでもいいから無償で仕事したらボランティアっていう感覚。そして「ボランティアしませんか?」ってみんなで集まらないと活動できないっていう感覚。
一番意味がわからないのが、企業とかがイベントをやろうとして、スタッフが足りないからボランティア募集します!っていう広告を出すというパターン。
何なのかしらね、自分のとこのスタッフでは賄いきれないような人数でやらなきゃいけないイベントって。
最初からやらなきゃいいじゃん。
あと、学校に「ボランティア部」があったりとか。
なんなの、それ。
部活動でやらなきゃいけないようなボランティアってなんなの?

元々の意味って「自発的に」行う無償行為のことのはず。
日本語では「自発的に」の部分がごっそり抜け落ちているらしい。

言っても仕方ないから言わないけど。

さ、明日も仕事だからもう少し寝よう。
5月はもう少し平穏な日々になるはずだったのに、全然平穏じゃない。
仕方のないことだけど、なんか心の平穏を保てないからイヤだなぁって思う。
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2016年04月30日

年度始め

年度始めは、なぜか仕事が忙しくなる。
毎年のことだし、予測がついていることだったはず。
予測がついていても、想像以上の忙しさに「猫の手も借りたいとはこのことか…」と毎日思う。


年度末のある日、上司の異動が発表された。
私はその上司が大好きだった。
とても面倒見がよくて、毎日何かと話しかけてくれ、ほぼ毎日のようにおやつにつきあってくれ、おやつを食べながら仕事のこと、趣味のこと、たくさん話してくれたし私の話もたくさん聞いてくれた。
こんなに話しやすい上司と1年間一緒に仕事ができた私は恵まれているのだろうと思う。
その上司への思いが、上司として尊敬しているというだけなのか、それ以上の何かが含まれているのか、自分でもわからない。
わからないふりをしているだけかもしれない。

彼の異動後、周りは私が上司ロスに陥っていると思っているらしく、毎日誰かが私に「(上司がいなくなって)さみしくない?」と聞いてくる。
もちろん、さみしい。
さみしいなんてものではない。
喪失感から抜け出せないでいる。
私に上司を返せ、と叫びたくなる。
いつだったか、彼と話していて「あなたが上司でよかった。でもいずれどちらかが異動することになるだろうし、楽しく過ごせる日に終わりが来るのもわかってる」と言ったことがあった。あの時、彼は「そうやって先のことを見通せる力があるのは、あなたのいいところだよ」というようなことを言っていた。
でもこんなに早くその日が来るとは思ってなかった。
異動後、彼は毎日お昼時になると必ずやってくる。
昨年度は毎日のティータイムが2人きりの時間だったけど、今年度はどうやらランチタイムを一緒に過ごすのが日課になりそう。

このひと月、私は異動になった上司2人分と欠員となってしまった職員の分と自分の分、計4人分の仕事をしていた。その上、自然災害の影響での避難所従事もあり、徹夜明けで仕事をした日もあった。
先月まで優雅に過ごしていたティータイムは一体どこに行ってしまったのだろう。
4月最後の勤務日、19時頃にようやく2人でティータイムを取ることができた。
ひと月ぶりのティータイム。
ちょうど新茶の茶葉があったので、それで緑茶を淹れた。
いつものようにどうでもいい話をし、それからどうでもよくない話をし、あぁ、せっかくお茶を淹れたのに、今日は何も和菓子がなかったね、と言って笑う。

願わくば、5月はもう少し平穏な日々を送りたい。
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2016年03月12日

I lost my colleague.

同僚が病に侵され息を引き取った。
病に倒れたのを知ったのは、数日間の旅に出て、久しぶりに職場に行った朝だった。
あまり深刻そうではない様子で「彼女、しばらく休むから」と言う上司のセリフは、「休めば治る病なんだろう」と予測させる空気を持っていた。

その日からひと月も経過していないはずの昨日。
上司に言いたいことをストレートにぶつける私は、いつものように自分の考えをストレートにぶつけた。
「なぜ私が担当ではないこの仕事までしているのかわからない」と。
いつもならここで「仕方ないやんか。他にできる人間がいないんだから」と切り返してくるはずの上司が、「敢闘賞をあげるから。頼りにしてるから、やってもらえないだろうか」と言う。
でもそう言った上司の目はどこか虚ろで潤んでいた。
あぁ、何か良くないことが起こったのだと感じるにはじゅうぶんだった。


そうして同僚が短い生涯を終えたことが告げられた。
予測していた私は たいして驚かなかった。
動揺する同僚たちをどこか冷めた目で見ている私のことを、きっと冷酷な人間だと思っただろう。


身近な人が亡くなる度に、いつもは考えない“死”について考える。
生きていたように死を迎えるだろうし、日常の延長上に死があるのだろうと思っている。
その反面、日常の延長でなくていいから、早く死にたいと思う。
生きていたくない
生きていることが苦痛だと感じることもある。
誰のために、何のために生きているのかわからなくなることもある。
神様はいじわるだ
死にたがっている私の願いを聞き入れず、もっと生きていたかったに違いない同僚の命を奪っていった。
なぜ私ではないのか。
健診を受けて、健康体そのものだった彼女が先に死んで、不健康な私がまだ生きながらえている。
不条理としか思えない。


でも今日は、彼女に繋がる人たちが1日でも早く“日常”に戻れるよう祈りながら寝ようと思う。
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2016年01月16日

追悼

何故だか好きな俳優を羅列すると英国人ばかりになってしまう私ですが、その中でも好きすぎる部類に入っていたAlan Rickman氏が2016年1月14日、ガンのためお亡くなりになられました。
日本では「ハリーポッターシリーズのスネイプ先生」として有名のようです。確かに私も氏の名前を最初に覚えたのはハリポタシリーズだったと記憶していますが、氏が出演された他の映画をたくさん見てきました。
実物は、スネイプ先生のようなねっとりした黒髪ではないんですね。

ダイハード(1作目)の悪役、ロビンフッドの悪代官役といった「悪役が得意な俳優」という側面もあれば、ギャラクシー・クエスト(めっちゃパロディ色が強いコメディ映画)のトカゲ頭役、銀河ヒッチハイクガイドの鬱っぽいロボットの声といった、なんとも言えない役もしっかり演じておられ、役者としての奥深さに感心するばかりです。

昨年の秋、英国に旅に出ました。
その際、氏の監督作品でもある「ベルサイユの宮廷庭師」を機内で拝見しました。
あの映画が遺作なのでしょうか…。
英国には柔軟取り混ぜて演技のできる、本物の役者さんがなんと多いことか。
今夜は氏のコメディ的側面がよく表れている作品を見ながら寝たいと思います。

氏のご冥福をお祈りいたします。
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2016年01月04日

謹賀新年2016

新しい日本の夜明けぜよ〜、2016‼︎

新年の挨拶がすっかり遅くなってしまいましたが、今年もよろしくお願いします。
新年の抱負なぞ特に決めたわけではないのですが、与えられた仕事を地道にやっていって、積み重ねた時に何か形になってたらいいなと思っています。

今回の年末年始の休みは6日間。意外と短い。去年の年末年始休暇なんかは9日間で、そんな長い休暇をどうやって過ごそうかと真剣に悩んだのに、短いとそれまた微妙にショックだったりする。
そういうわけで、今回は2日間休暇を延長して、うつ病予防のために南の方に旅に出ることにしました。

…と、いうわけで。
私は今、沖縄県に来ています。
福岡からだと、那覇まで飛行機で1時間40分くらい。羽田行くのとあんまり変わらない。
到着後すぐ、首里城見学に行きました。
12年くらい前にふらっと立ち寄ったはずなんだけどね。
増築したのかな?お茶と琉球菓子をいただける場所がありました。スタッフの方がお菓子の由来、そのお部屋から見える景色などを説明してくださって、勉強になりました。

あと2日間、沖縄観光をします。
今回の主目的は平和学習なんです。
昨年が戦後70年だったこと、1月に知覧の特攻記念館を訪れたこと、英国でBletchley Parkを訪れた時に「戦勝国であっても戦争の悲惨さは語り継ぐべきだ」という文言を見たこと、戦時中であっても軍艦島だけは石炭を掘るために国の政策で守られていたこと(その影に様々な犠牲があったのだろうと思います)など、いろんな体験が重なり、戦争を実体験していなくても、資料を見て、何かを感じ、次の世代に語り継ぐ必要があるのではないかとの思いを新たにしました。
小学生の頃、ひめゆりの塔を訪れたことがあるのですが、今訪れたらあの頃とはまた違うものが見えてくるような気がしています。


今年が穏やかな年でありますように。
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2015年12月25日

クリスマス2015

クリスマスおめでとうございます。

クリスチャンになって3回目のクリスマスですが、イブ礼拝には行けないまま。このまま私はおちこぼれクリスチャンになってしまうのではないかと心配になってきました…。

特に書きたいことはないし、記録に残るような、記憶に残るような、そんな珍しいことも何もない、平凡な毎日を送っています。
私の最近の楽しみは、毎週日曜日の朝、題名のない音楽会の放送を見ることです。
龍くん(バイオリニスト)が毎週あれこれ弾いてくれる、なんとも贅沢で質のいい音楽番組でございます。
龍くんの演奏を聴く→1時間くらいバイオリンの練習をする というのが私の日曜日の午前中の過ごし方です。


来年は3月、5月と立て続けに本番があり、バイオリンの練習もそれなりに大変ではありますが、楽しみながらオケ活動をやり続けるためにはやはり練習は不可欠だなと思います。


よいクリスマスを。
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2015年12月12日

やはり3日坊主だったようだ。

運動する!と決めて10日間くらいは頑張った。ジムにも行った。行ったら行ったで楽しかった。でも雨が降ってるのを理由にお散歩をやめてしまってからがよろしくない感じがする。

つい先日、007 Spectreを見てきた。
懐かしきロンドンの風景!
ダニエル版ボンドもこれで見納めだと私は個人的に思っているのだけど、ショーン・コネリーの頃に比べたらやたらシリアス路線のボンドだったなと思う。

で、だいたい昔から、英国だろうが米国だろうが(もしかするとアジアの国々でも)、スパイというものは女ったらしだと相場が決まっている。
口説かないと話が先に進まないのだから仕方がない。
そしてだいたい女性の方も何やら訳ありな立場なのだ。
この「訳あり」が話をやたらややこしくするのだけど、ボンドもボーンもハントもそこらへんはどうでもいいらしい。むしろ巻き込まれて喜んでいる、変態野郎たちなのだからどうしようもない。

そして話の最後。
だいたい任務が完了したら訳あり女性とも会うことはなくなる設定(次の任務に関係する女性を口説き始めてるのだと思われる)なのだが、キザなスパイは「溜まった休暇をとって君とゆっくり過ごすよ」的なことを言う。
…本当に休暇を取ったスパイはいるのか⁉︎

スパイ映画に限らず、欧米のドラマでも、主役級の男性とゲスト出演の女性とが恋に落ちる話だった場合、大半が「溜まってる休暇を使って…」的なセリフで物語を締めくくる。
欧米人にとって、溜まった休暇を取る=さようなら、もう二度と会えないと思うけど。程度の意味なのだろう。決まり文句なんだ、きっと。
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2015年11月25日

メンテナンス

趣味でアマチュア管弦楽団で楽器を弾いているのですが、今年度はいつも所属している団体+企画モノのオケに乗ることにしました。
企画モノで弾くのは、ホルストの「惑星」。まぁ、木星とか火星とかは有名どころだけど、その他の惑星の曲はあまりマジメに聴いたことがなくて。
マジメに聴いたり、あんまりマジメじゃないけど弾いたりしているうちに、天王星とか金星とかもいい曲じゃん‼︎と思うようになりました。

この曲は、占星術で語られるそれぞれの惑星のイメージをモチーフにしているのだけど、どこかしら宇宙空間に漂っている感じとか、深淵に吸い込まれそうになる感じとか、あれこれ感じてしまうものがあります。
オケで新しい曲に出会うたびに、それぞれの曲の良さ、その曲を作った人の人生などに触れる機会を得、人生の糧になっているように思います。


先日の日曜日は、朝から自宅で2時間ほど練習した後、合奏練習(指揮トレ)で5時間近く楽器を弾き、左肘と右の肩甲骨付近がちょっとおかしくなりました。
身体のメンテナンスもしながらじゃないと、長時間は楽器弾けんなぁ。というか、カラダを鍛えないと楽器弾ける時間が減っていきそうな気がしてきた。
…というわけで、3日坊主にならないように、頑張って運動をしようと思います!
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2015年11月19日

いろいろあるある

私は基本的に「要領を得ない話を延々と続ける人」が苦手です。
いや、おそらく、こんなタイプの人が苦手じゃないよって人は少ないと思う。

先日も別に会議でもなんでもない時間に、自分の都合だけで(こちらの仕事の進捗状況などは一切考慮せず)、延々と話し続ける人に出会いました。
ほんと、勘弁してほしい・・・

ほら、2時間ドラマ(サスペンスとか刑事モノ)で、物語開始後1時間程度のところで“ホワイトボードを使った捜査会議”が始まりますよね。
あれって、ちょっと複雑化してきた登場人物の人間関係などを視聴者に再度確認してもらうっていう目的もあると思うの。「あ、そうなの?AさんはBさんを恨んでるのね!?」といったことを再確認。
あなた、2時間ドラマですら5分程度であらすじをまとめてくれるのに・・・

私自身も人に何かを伝えるのって苦手なほうですが、でも、人の都合を無視して延々と一方的に話し続けることは普通はないよなぁと思います。
せめて、要点を紙にまとめて、大事な情報、そうでもない情報、取捨選択するくらいのことをしてから、話しに来てね〜とお伝えしたい私なのでした。
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2015年11月16日

季節性のもの

11月も半分終了。
思えば今月はぼんやりとする時間が以前よりも長くなり、気分が乗らないというか、いつものようには楽しめないというか、なんだかおかしな日々が続いています。

ウィンターブルーなどと言うそうです。季節性うつ病のこと。

まぁ、平日は仕事に行けてるし、土日はゆっくり休めてるし、よしとするか。
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2015年11月01日

ちくごがわ

大学卒業後、一旦地元を離れて他県で約8年生活しました。
その後地元に戻ってきたのだけど、以前よりも地元に愛着を感じてしまうのは何故・・・?

そんな中、母校(小・中学校)の教養講座で『歌い継がれる筑後川』なんていうタイトルでの講演があるということだったので、甥が母校に通っているのをいいことに私も教養講座にこっそり潜入。
地元で“筑後川”といえば、あの悠々と流れる一級河川のことでもあり、地元を象徴する川でもあり、そして“合唱組曲筑後川”のことでもあります。その合唱組曲筑後川の誕生秘話について、母校のママコーラスの指導をされている先生(誕生秘話に関わった医師のご子息でもあられる)からお聞かせいただいたのでした。

詳細は省きますが、
地元を代表する大企業(タイヤの会社)が地元にすてきなホールを建てたことをきっかけに、地元に文化振興のための合唱団ができた。合唱団の指導をしていたのが医師でもあるH先生。
H先生は小さい頃から丸山豊氏とは仲良しだった。
丸山豊といえば、あなた、地元を代表する詩人です。で、医師でもあられる。
H先生が指導している合唱団の5周年記念演奏会のための合唱曲を作りたいという話になった。
H先生は懇意にしている丸山豊氏に作詞を依頼。
作曲は、タイヤの会社と姻戚関係にある團伊玖磨氏に依頼することに。
初演は團先生の指揮で行われたんですね、知らなかったけど。
丸山豊氏は「川の風景描写ではおもしろくない」とお考えになったとかで、上流から下流までを人生に例えたような5編の詩をお書きになった。
そしてその詩を受けて、團先生は「いつまでも歌い継がれる曲を作りたい」と言われ、小さな流れが大きな流れになっていく様を描写した音楽を作られた。
というお話でした。要約しまくり。

中学生の頃、ほとんど何も考えずに歌っていた曲なのですが、昨日の講演会で全曲改めて聴く機会に恵まれ、当時は気付かなかった音楽的なしかけ、詩に散りばめられた丸山豊氏の地元愛の深さに気付かされました。
この曲は、母校だけでなく、近年は地元の私立中学校でも歌われるようになっているのだそうです。
この曲に込められた想いと共に、地元に根付いていってほしい曲の1つです。
chikugoriver.jpg
筑後川


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2015年10月21日

2015年10月21日

30年くらい前ですかね、Back to the futureっていう映画が公開されたのって。
今日は、あの映画でマーティが飛んできた日なんですって。

映画の中ではホバークラフトとか、3Dとか、空飛ぶ車とか、よく当たる天気予報といった未来が映像化されてました。まぁ、当たらずとも遠からずといったところでしょうか。車は空を飛んだりはしてないけど、都市高速とか高速道路とかが増えたのは事実だし、専用メガネが必要ではあるけど3D映画も公開されまくりの世の中になりました。

やはり、どうせ描くなら夢のある未来の方がいいなと思います。
あの3部作、好きな映画の中の一つです。
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2015年10月16日

Dark Knight

約半年前の相棒シーズン13の最終話「ダークナイト」、やっと見ることができました。
この半年で散々ネタバレな話を聞いていたので、たいして驚きもしない展開でしたが。てゆーか開始5分で犯人バレてるやん?
なんでこんな展開にしたんだろう?とは思いますよ。
カイト卒業のために取って付けたようなエピソード。

そもそも、カイトはなぜ犯罪を犯さないといけなかったのか。警察官でありながら犯罪を犯す、という彼の性格設定ってどうなっとるんや、と。

右京さんの正義は暴走することがあるけど、彼は「日本は法治国家で、罪は法によって裁かれなければならない」という強い信念を持っている。ある意味融通がきかないので、かんぼーちょーからは「杉下の正義は暴走する」とか「絶対的な正義がこの世にあると思ってる?」とか言われてた。
カイトの正義は、違う方向に暴走した。
なんというか、デスノート的な。
法でも裁けない悪には悪で対抗する、という話。

けど、こんなこと続けてたらいずれは犯罪者として逮捕されるとは思わなかったのだろうか?自分の人生を犠牲にしてまでふるわなければならない暴力だったのだろうか?

そう考えると、やっぱり、
なんでこんなエピソードにしちゃったん?
と言いたくなるね。


個人的な趣味だけど、相棒は神戸くんとのペアの時期が一番面白かった。スーツが似合う大人の男性の頭脳戦、という雰囲気。
カイトくんは若かったし、右京さんがカイトくんを育てている感じだったし。それはそれで面白かったけど、ミステリーとか国家権力に立ち向かわざるを得ない特命係とか、そういうエピソードとなると、やはり頭脳戦ができる相手を相棒として迎えた方が良さそう。
昨夜から始まったシーズン14、期待できそうでワクワクしてるところです。スーツ萌えだし頭脳戦萌えなので(笑)。
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2015年10月14日

Stay weird

先日からハマりまくっている映画The Imitation Game.

あの映画の脚本を書いた脚本家さん、まだ30代前半なんですね。脚本家さんはずーっとAlan Turingを題材にした脚本を書きたいと思っていて、そして長年の夢が叶って彼の脚本が映画になって、そして賞も受賞した。

その時のスピーチがステキなんです。

I tried to commit suicide at 16 and now I'm standing here, I would like for this moment to be for kid out there who feels like she doesn't fit in anywhere. You do.

Stay weird. Stay different. And then when it's your turn and you are standing on this stage, please pass the same message along.

私は16歳の時に自殺しようとしたことがあります。でも今、私はここにいます。私はこの場を、どこにも居場所がないと感じている子どもたちに捧げたい。

どうか人とはちょっと違ったままでいてください。そしてあなたが輝ける場所に立った時に、同じメッセージを次の世代に伝えてください。



映画で描かれたアラン・チューリングは、頭が良すぎるが故に(そしておそらくはアスペルガー症候群的な要素を持っていたが故に)、なかなか自分が安心できる場所を見つけることができなかったようです。そしてアランは、国の法律によって、居場所を奪われてもいます。

脚本家さんは、アランほどの偉大な人物の居場所が奪われ、その反面、自分は賞を受賞してスピーチする機会を与えられていることを「不公平だ」と感じていたようでした。



私は職業柄、 居場所がないと感じている子どもたちの支援をする機会があります。以前も書いたような気がするけど、居場所がないと感じている子への支援って、結局「何かしてあげる」ことではなくて、「その子が安心できる場ってなんだろう?」と一緒に考えていくことなんじゃないかなと。

To doingではなくて、A way of beingなんじゃないかなぁ。

やたらめったら、「こんだけしてやってるのに!」って主張する人がいるけど、大事なのはそこじゃない。

そんなことを思い出したスピーチでした。

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2015年10月05日

October

10月になりました。
さすがにちょっと肌寒い。

先週の日曜日の夜に帰国し、特に時差ボケもなく月曜日から仕事に復帰しました。
月曜の朝まで頭の中は英語ベラベーラだったのですが、仕事に戻った途端、日本語の思考回路に戻りました。母国語ってすごいね…。

先週1週間は、時差ボケはしていないつもりでしたがカラダは日本のリズムに馴染んでなかったようで、仕事中にひどく眠くなったり頭痛がしたりしました。
今度から海外に行くときは帰ってくる日と仕事に復帰する日をよーく考えよう…と思いました。


さてさて。
10月3日土曜日。
甥の小学校の運動会でした。
甥が通う小学校は私の母校でもあります。
何年ぶりだろう、母校の運動会を見るのは。
良い運動会でした。
子どもたちの自主性をある程度重んじているところも、それぞれが今やるべきことにきちんと取り組んでいるところも。
良い伝統は受け継いでいってほしいものです。

夜は甥を含め、家族で食事をしました。
主役の甥は寝ていました。
疲れたよねー、そりゃ。よく頑張ったねぇ。


土曜の夕方、The Imitation Gameという映画のDVDが届きました。
毎晩のように観ています。
もう何回観たかわからない。
ほんの10日前にこの映画の舞台であるBletchley Parkに行ったばかりの私。
こうやって改めて映画を観ると、あの小さな研究室(HUT8とか)で行われていたことの偉大さがより一層伝わってきます。
エニグマ暗号を解いたチームが救ったかもしれない方たち、その子孫たちがあの場所を訪れていました。

私は日本人。日本は原爆を2発落とされ、敗戦した。
その事実は変わらないし、そのような歴史を繰り返してはいけないという思いを継承していくことの重要性は認識しているつもりです。
今回初めて、海外の、第二次世界大戦に関係する博物館(資料館的な場所)を訪れました。
英国は戦勝国ですが、ドイツ軍のエニグマ暗号を解読するまでは苦しい戦いを強いられていました。すごく辛い時期があったわけです。戦勝国とはいえ、大きな犠牲の上に成り立つ勝利だという認識のようでした。
少なくとも私がBletchley Parkで会った英国人たちは、戦勝国だから、暗号を解読したから、といって喜んだり楽しんだりしているようには見えませんでした。
真摯に歴史の1ページと向き合っておられました。

世界のどこかの国は今でも日本に慰謝料を求め、いまだにあの時代から抜け出せずにいるようです。
そのような国々の人たちは、ぜひとも他の国に行って、あの戦争が世界にとってどんな意味を持つものなのかを肌で感じてきてみたらいい。
どの国もなんらかの犠牲を払っているのです。

ただ単に、映画の舞台となった場所を見てこようと思いついたから訪問しただけだったのですが、思いがけず、“他国にとっての第二次世界大戦とは…?”を学ばせていただきました。
映画を見た上で、もう一度訪れたい場所です。
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2015年09月20日

The lack of common sense

イヤな内容の記事が続きますが、吐き出してしまいたいので。

私が所属しているアマチュア管弦楽団は、週1で練習をしています。パート練習、分奏、トレーナーレッスン、合奏…と丁寧にスケジュールが組まれていて、「毎週練習にこれる人」である程度楽器が弾ける人が入団できます(オーディションあり)。
そして、年に1回の定期演奏会に向けて、地道に練習を重ねていくのです。

そんな管弦楽団に昨年秋に入団してきたAさん。
Aさんは入団直後から練習に全く来ませんでした。ごくまれ〜に練習に来ては、全く弾けずに固まってました。
そんなAさんの様子を見かねて、同じパートのBさんが「みんなが来る前に少し練習しませんか?」とメールを送りました。
するとAさんからは、「はい!普段の練習にはなかなか行けませんが、もし練習に行ける日があれば、その時は一緒に練習してください!」という返事がきました。

…はい?
練習には行けないが、行ける日があったら行くからその時は練習を見てくれ?
全く弾けてないのに、それで定期演奏会に参加するおつもり?
と、Bさんは不安になりました。



紆余曲折あり、Aさんは弾けないながらも定期演奏会に参加。
しかし、その直後からまた練習に全く来なくなり、Aさんが注文していた定期演奏会のDVDをBさんが預かることに。
(AさんとBさんの職場は同じ会社の部署違い)

Bさんは、「定期演奏会のDVDを預かっているので、時間がある時に取りに来てください」とメールを送りました。
が、3日経過しても返信もなく、本人が現れる気配もありません。
そこで「あなたのやっていることは、非常識と受け取られかねませんよ」と前文を追加した上で、メールを再送しました。
さらに2日待ちましたが返信がなかったので、BさんはDVDを楽団に持ち帰ることにしました。
その次の日の深夜1時すぎ、AさんからBさんにメールが送信されてきました。
「連絡ありがとうございます。メールがたくさん来ていた時期だったので、紛れてメールを読み飛ばしてました。DVDは社内の郵便で送ってください」


このメールを読んで、Bさんに限らず、一般的な人はどう感じるでしょうか?
返事が来てよかったね〜 と思うか、
社内の郵便で送っていいんだ。楽でいいね〜 と思うか。

Bさんは、これまでのAさんの非常識な行動に怒りを感じていたこともあり、
「残念ながら私はあなたと違って、
メールを読み飛ばし、深夜にメールを送りつけたあげくに私物を社内の郵便で送れというような無神経さと非常識は持ち合わせておりません」
と返信。


おそらく、Aさんは、自分の行動が周囲にどんな影響を与えているか、これっぽっちも考えきれない人です。こんな大人が世の中にいると思うと、私は恐ろしくてたまらないです。
常識的な行動とは、どこで身につくものなのでしょうか?
普段の社会生活でしょうかね…。だとしたら、このAさんはどんな環境で育ってきたのでしょうか。


人を不愉快にさせるような行動は特に慎まねばなりません。
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2015年09月17日

包括ケア…?

介護業界から離れて3年目。
なんですか、世の中、「地域包括ケアシステム」なるものを構築しようとなさってるとか。
よーするに、死ぬ瞬間まで、その人らしく生きられるよう、地域の実情に応じたケアが提供できるような仕組みを作りまっせ、という話。
なんでこんな話が出てきたかって、介護保険制度だけでは、今後の“団塊の世代の大量死”をカバーできないからです。
介護保険制度(だけじゃなく、年金制度とかもね)を支える生産人口が減り、高齢者だけはひたすら多いという時代が目前にきていて、「財源はないけど、保険は使いたい」って人が増える。そうなると、いかに効率よく保険を使うか、という話になる。

一昔前までは、病院で死ぬのが一般的でした。
その前はおうちで亡くなるのが一般的だったのかな。
最近は、終活なんて言葉もあって、自分がどう死を迎えたいかを考えられるようになってきた。


という話を聞いていると、私はどのように人生を終わらせたいんだろうか、と思案してしまうようになりましてね。

基本的に、生産人口としての役割を終えたらなるべく早い時期に死にたいなと思うんです。年金や退職金があったとしても、自分の意思で自分のカラダを動かせなくなったら、それは私にとっては生きる意味を失うに等しいこと。意味のない人生に魅力は感じません。

…というのが私の思い。
たぶん、独身でいるからだろうね。「子どもが独り立ちするまでは頑張らなきゃ」みたいな発想はない。
独身でなかったら得られたかもしれない物と、独身でいるから得られる物と。
どっちがいいのかわからないけど、なるようにしかならないからね、人生なんて。

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2015年09月14日

めんどうなもの

個人的な意見。というか、個人的な好みの問題。

優柔不断、はっきりしない、言うことがコロコロ変わる、言ったことを実行に移さない
というタイプの人間って、苦手。
私自身も迷いに迷ってどちらか決断ができないことがありますけれども。
迷ってるなら迷ってるって周りに言うし、デッドラインが設定されてるならそれまでに決めるし、決めたらしのごの言わないようにしてる。人生なんてどんなに頑張っても選択の連続なんだし。片方を選んだらもう片方は選べないんだし。それを悔やんでも仕方ないやん?って思ってる。

そういう考え方で生きてきたからか、なぜか、私にくっつこうとしてくるのは自分で自分のことを決めきれないオトコばっかり。
自分で人生切り開いてきたような顔していながら、何も決めきれないでいる。
数年前まで「この人と一緒になってもいいかもしれない」と考えていた人はとんでもない大嘘つきで、こりゃいかんと思って縁を切ったけど、今でも大嘘つきな人生を送っているようだ。
縁を切ってよかった。

他にも、仕事の相談だと言って連絡をしてくるオトコがいた。
最初の頃はマジメに話を聞いていたが、毎回毎回、同じ内容の相談をしてくる。
あなたはアホか、なぜ同じループから抜け出せない?いや、ループに閉じ込められていると気づけないのか?
どんだけ指摘しても理解ができないオトコのようだったので、だいぶめんどくさくなって、そのオトコからのメールは着信拒否にした。
着信拒否にして半年くらい経過したはずだが、昨夜、そのオトコからショートメールがきた。
めんどくせー︎ と思って、ショートメールも拒否設定にすることにしたが、iPhoneでの拒否設定の仕方がわからない。
調べまくって、ようやく拒否設定に。
調べまくった時間を返してほしい。
私には、そんな自分のことすら決断できない人間をプライベートで相手するような時間はない。
自分のことくらい、自分で決めてもらいたい。
それか、相談するなら、相手が判断できるだけの材料をそろえて相談するべきだと私は思う。
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2015年09月07日

アナムネーゼとアセスメント

田舎町の、さらに山奥の、小さなお店でお一人さまランチを満喫していた日曜日の昼下がり。
お店にいたのは初老の夫婦が1組、家族連れが2組、若いカップルが1組、30代半ばから後半かと思われるカップルが1組。
この30代半ばかと思われる男女。気になって気になって仕方なかった。
というのも、たまたまテーブルが隣り合わせだったこともあるだろうが、会話の内容がイケてなかったからだ。

まず、女性がこう切り出した。
「スーパーの店長をなさってるんですか?」
男性は「はい」とだけ答えてあとは黙ってしまった。

この男女は初対面なのか?
でなければ、こんないい年した男女がいきなり職業についての会話を始めたりはしないだろう。

しばらくの沈黙のあと、女性はさらに「店長になられて、もう長いんですか?」と尋ねたが、男性は「8年くらいですかね」と答えたまま、また黙ってしまった。
女性はさらに頑張って「お住まいは◯◯市なんですよね?通勤は大変ではありませんか?」と尋ねている。男性は「通勤は、車で1時間くらいなので、大変ではないですねー、うん」と1人で納得してまた黙り込んだ。

ここまで会話のキャッチボールができない男に、この女性はどうしてこんなに努力して質問をしているのだろうか。女性の努力が痛々しい。そんな女性の努力をよそに、男性は黙り続けている。私なら話の続かなさに苛立って、緊急の用事ができたとでも言って帰りかねない状況だ。

女性は、次に仕事での苦労話を尋ねた。
その時だけ、男性は「よそのスーパーで買い物をしている時に、なぜか店員と間違われ、お客にあれこれ尋ねられる」という話を嬉しそうにしていた。
どこがどう苦労話なのか私にはよくわからなかったが、「日常生活にもスーパーの店長臭を漂わせている」というだけの話なのではないか。
この男性はプライベートにまで仕事臭を持ち込んで喜んでいる。だから今の今まで結婚できていないのではないのか。公私の区別くらいつけてほしいものだ。

女性は、「ここ、いいお店ですね。以前も来られたことがあるんですか?」と尋ねていた。男性は「あります」とだけ答えてまた黙ってしまった。
例え前回も同じように女性を口説こうとしてこの店に連れてきたとしても、「友達がこのお店の雰囲気がいいって連れてきてくれて、それから気に入ってるんだ」くらいのことは言えないのだろうか?男性の居住地からは車で約30〜40分の距離の場所なのである。この男性とこのお店をつなぐ何らかのエピソードがあって然るべきなのだ。


結局この男性は仕事以外に何か楽しめるものがあるのかどうかわからなかったし、そもそも男性が女性に何も質問しなかったので、女性の素性については何もわからなかった。
私なら、こんな頭の悪い男はお断りしたい。きっと今後も楽しく会話なんかできないに決まっているからだ。

それにしても、この女性はなぜ初対面の相手に仕事の話を振ったのだろうか?「あんたの収入で生活していけるかどうか、見極めさせてもらうわ」という意思表示なのだろうか。
私なら、趣味と趣味にかける時間を聞き出して、趣味にかかるお金を推測し、そこから収入を割り出すだろう(アセスメント)。

とにかく盛り上がっていない、痛々しい単文のやり取りが続く隣りのテーブルを尻目に、さっさと帰宅した。
あの2人、今後二度と会うことはないだろう。

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2015年09月06日

Refugees

国際社会のことはよくわからない。
日本という島国に住んでいるので、陸続きでよその国と接していることでどんな影響があるのかもわからない。
シリアの難民がヨーロッパ各国に押し寄せている、というニュースを聞いてもピンと来ない。
例えて言うなら、北朝鮮の難民が海を越えて日本にやってきた、というような話なんだろうか?

人間の歴史が始まって、何千年という時間が経過している。
その間、一時でも「迫害された人がいない」「難民がいない」という時期があっただろうか。
時代の経過と共に難民になる原因は変化しているかもしれない。原因は飢饉だったり、争いだったり、その時々で違うかもしれない。
だけど安心して生活できる時間と空間が保障されていない人たちがたくさんいる、という事実は何千年経っても変わらない。
人の業なんだろうか。

シリアの難民の話は、国際情勢もヨーロッパの国々の事情もわからないことがあるのでピンとこない部分もあるのだけど、目の前に難民がいて、助けてほしいと言われたら私はどうするだろうか。
国際的な機関に、支援が必要な人がいると伝えるかもしれない。
国際的な機関はもう手いっぱいですと言われたら…?
自力でなんとかする…?
1人で何ができる…?
難民が自力で生活できなきゃ、何の意味もない。だから、仕事してお金を稼げるように支援しなきゃいけない。
そう思う反面、まずは寝る場所と食べ物の確保が先だろうよ、とも思う。

難民を受け入れたヨーロッパ各国で、どんな支援をすべきか今ごろ考え続けているに違いない。
どうぞ、難民の方々が、少しでも早く安心して眠りにつけますよう。
そして地球上で二度と住む場所を奪われるような事態が起こりませんように。
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