私の勤務先には、「改善実績提案制度」という、よくわからない制度がある。
昨年の年末頃に、「なんでもいいから、改善できたと思うものがあれば提出するように」と上司に言われ、本当にちょっとした事務改善でしかなかったが、お金が多めに入ってきたという事例をまとめて提出しておいた。
すると、その提案が部の代表として提出され、私はプレゼンをしなくてはならない、という展開になった。
困った。
私は「たいしたことはしてないよ?」という感覚なのだ。
概要はこうである。
私の担当業務の一部が、利用者にとってわかりにくいということに気づいた。
わかりにくい(=見えていない)のであれば、見えるようにすればいいではないか。
見えるようにした結果、いろいろと良い効果が得られた。
というだけの話である。
そもそも、視覚化を思いついたのは、私が得意とする分野(福祉臨床)によるものが大きい。
相談援助を私の専門性と思っている上司には全く理解できないだろうが、相談援助ではなく、福祉臨床が私の専門なのである。
そこを理解してもらえてないのに、なぜプレゼンをしないといけないのか。
憤りしかなかった。
私はいろんな理由をつけて断ることを考えた。
最終的に思考が混乱し、今の課長の目の前で、前の課長を呼び出して泣きついた。
前の課長との話を通して落ち着いた私は、プレゼンの準備にとりかかった。
今の課長は複雑な気持ちだったに違いない。
未だに前の上司を頼る部下など、扱いにくいだけだ。
そんな私に、「あなたのプレゼンへの質問者は、教育長だ」という通達があった。
教育長は、私や今の課長の元上司にあたる。
私は、プレゼンの中に学校現場の取組み例を入れることにした。
完成したプレゼンの資料を持って、課長は教育長のもとに行き、私の発表の内容を説明してくれていたようだ。
次の日、教育長から呼ばれた私は、「質問はない。こんな内容で感想を伝えようと思うが、これでいいか」と原稿を渡された。
「学校現場の取組みを参考にしている」という点を、教育長は非常に喜んでくださっていた。
そうして迎えた本番。
私は十字架を握りしめてプレゼンをした。
伝えたいことは伝わったと思う。
緊張していて誰がどこにいたのかあまり覚えていないが、課長がそばにいてくれていたこと、前の課長が会場のうしろで見守っていてくれてたこと、元職場の上司や関係者も聞いていてくれたことは覚えている。
表彰式の後、職場に戻る途中で知らない人たちからたくさん声をかけてもらった。
「プレゼンおつかれさま」
「いい取組みだと思いました」
きっと、声をかけてくれた人たちは、今回の取組みの中から参考になりそうな何かを感じてくれたんだと思う。
初めて、プレゼンに参加できてよかったと思えた。
職場に戻った後、課長と一緒に、教育長と部長にお礼を伝えに行った。
課長はジェントルマンなので、私の代わりに丁寧にお礼を伝えてくれていた。
今さらながら、多くの方の尽力があって、今回のプレゼンに繋がったのだと思わずにはいられない。
課長は口ベタなのかな、「取組みが評価されるのはいいことなんじゃないの?」としか言ってくれなかったが、おそらく、「想像以上に多くの人に顔と名前を覚えてもらえるよ」「自分の知らない場面で、思いもよらない影響が生まれたりするんだよ」ということを言いたかったのかもしれない。
10円玉も、正面から見れば円だが、横から見ると長方形。だけど10円玉であることに変わりはない。
私に与えられる仕事が何であろうと、私の専門性が「福祉臨床」にあることには変わりはないのだ。その専門性を無理に活かそうとする場面を欲しがることなく、与えられた場所で活かす方法を考えればいい。そう思えるようになった。