2007年06月28日

OUT OF BORDER

 CD購入からずいぶん経過しております。今さらながら、東儀秀樹氏のNew Album‘OUT OF BORDER’を聴きなおしております。

uccs1104.180


 購入した当初は、このアルバムのコンセプトは理解できるものの、どうにもこうにもゾワゾワした感じがして、まともに聴けませんでした。と言うのも、このアルバムは東儀氏のオリジナルだけでなく、アレンジ曲が多く収録されていたからです。夜空ノムコウ、誰も寝てはならぬ、Sweet Memories、New Cinema Paradiseなんかが収録されています。これらの原曲を聴き慣れていた私は、アレンジされた楽曲を聴いて、どうしても共感できなくて。
 それで、しばらく寝かせておくことにしました。
 久しぶりに聴いてみると、なんだかアレンジもちゃんと聴けました。雅楽器でのアレンジの良さが、なんとなくわかるような気が…


 私の音楽的理解度はさておき、どこまでも表現の可能性をひろげる(探究するといった方が正確なのかな?)東儀さんってすごいよなぁと今日も思いました。


posted by Deanna at 20:36| Comment(4) | TrackBack(0) | My Favourite Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「アウト・オブ・ボーダー」というタイトルに、東儀さんはどんな意味を持たせたかったと思いますか?

「音楽にジャンルなんて関係ないよ(意味がないよ)」なのかな?
Posted by らてんにくまる at 2007年06月30日 17:41
>らてんにくまるさん
また難しい質問を…(汗)
東儀さんとしては、「関係ない」という乱暴な言い方はしていないと思います。アルバムの中の彼の言葉にもあるように、ジャンルがあると意識した上でジャンルを飛び越え、そこにある何かを表現したかったのではないかと。

 音楽を聴いていると、彼独特の音楽の楽しみ方が伝わってきます。うまく表現できないけど。何かの番組で言ってた。古典があるから現代音楽が生きるんだって。どんな音楽を奏でても、楽器の持つ歴史の重みが伝わってくるのではないかと思うんですが。
あぁ、答えになってません。ごめんなさい。
Posted by Deanna(管理人) at 2007年07月01日 00:41
なるほど。説明を聞いて思い出したんですが、剣術の教えの中に「守破離」というコトバがあります。

初心者はまず師匠の教えを「守」るところからはじめよ。上達後は教えを「破」っても、自分に合った技を磨くべきで、さらに上達した者は師匠の教えから「離」れて、独自の技に工夫をこらせ・・・そんな意味だったと思います。

そういう意味で、東儀さんは「離」れたと言う訳なのかな?
Posted by らてんにくまる at 2007年07月01日 21:29
>らてんにくまるさん
おお。まさに、その通り。
東儀さんは、なんだかんだで宮内庁式部に長い年月お勤めだったわけだし、そこでみっちり教えられた古典が役に立っているのだと話されてましたよ。
 彼が表現したい音楽は、雅楽だけでは収まりきれないんでしょうね。
Posted by Deanna(管理人) at 2007年07月02日 00:08
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。