2016年03月12日

I lost my colleague.

同僚が病に侵され息を引き取った。
病に倒れたのを知ったのは、数日間の旅に出て、久しぶりに職場に行った朝だった。
あまり深刻そうではない様子で「彼女、しばらく休むから」と言う上司のセリフは、「休めば治る病なんだろう」と予測させる空気を持っていた。

その日からひと月も経過していないはずの昨日。
上司に言いたいことをストレートにぶつける私は、いつものように自分の考えをストレートにぶつけた。
「なぜ私が担当ではないこの仕事までしているのかわからない」と。
いつもならここで「仕方ないやんか。他にできる人間がいないんだから」と切り返してくるはずの上司が、「敢闘賞をあげるから。頼りにしてるから、やってもらえないだろうか」と言う。
でもそう言った上司の目はどこか虚ろで潤んでいた。
あぁ、何か良くないことが起こったのだと感じるにはじゅうぶんだった。


そうして同僚が短い生涯を終えたことが告げられた。
予測していた私は たいして驚かなかった。
動揺する同僚たちをどこか冷めた目で見ている私のことを、きっと冷酷な人間だと思っただろう。


身近な人が亡くなる度に、いつもは考えない“死”について考える。
生きていたように死を迎えるだろうし、日常の延長上に死があるのだろうと思っている。
その反面、日常の延長でなくていいから、早く死にたいと思う。
生きていたくない
生きていることが苦痛だと感じることもある。
誰のために、何のために生きているのかわからなくなることもある。
神様はいじわるだ
死にたがっている私の願いを聞き入れず、もっと生きていたかったに違いない同僚の命を奪っていった。
なぜ私ではないのか。
健診を受けて、健康体そのものだった彼女が先に死んで、不健康な私がまだ生きながらえている。
不条理としか思えない。


でも今日は、彼女に繋がる人たちが1日でも早く“日常”に戻れるよう祈りながら寝ようと思う。
posted by Deanna at 00:28| Comment(0) | TrackBack(0) | Deanna's Log | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。