2015年11月01日

ちくごがわ

大学卒業後、一旦地元を離れて他県で約8年生活しました。
その後地元に戻ってきたのだけど、以前よりも地元に愛着を感じてしまうのは何故・・・?

そんな中、母校(小・中学校)の教養講座で『歌い継がれる筑後川』なんていうタイトルでの講演があるということだったので、甥が母校に通っているのをいいことに私も教養講座にこっそり潜入。
地元で“筑後川”といえば、あの悠々と流れる一級河川のことでもあり、地元を象徴する川でもあり、そして“合唱組曲筑後川”のことでもあります。その合唱組曲筑後川の誕生秘話について、母校のママコーラスの指導をされている先生(誕生秘話に関わった医師のご子息でもあられる)からお聞かせいただいたのでした。

詳細は省きますが、
地元を代表する大企業(タイヤの会社)が地元にすてきなホールを建てたことをきっかけに、地元に文化振興のための合唱団ができた。合唱団の指導をしていたのが医師でもあるH先生。
H先生は小さい頃から丸山豊氏とは仲良しだった。
丸山豊といえば、あなた、地元を代表する詩人です。で、医師でもあられる。
H先生が指導している合唱団の5周年記念演奏会のための合唱曲を作りたいという話になった。
H先生は懇意にしている丸山豊氏に作詞を依頼。
作曲は、タイヤの会社と姻戚関係にある團伊玖磨氏に依頼することに。
初演は團先生の指揮で行われたんですね、知らなかったけど。
丸山豊氏は「川の風景描写ではおもしろくない」とお考えになったとかで、上流から下流までを人生に例えたような5編の詩をお書きになった。
そしてその詩を受けて、團先生は「いつまでも歌い継がれる曲を作りたい」と言われ、小さな流れが大きな流れになっていく様を描写した音楽を作られた。
というお話でした。要約しまくり。

中学生の頃、ほとんど何も考えずに歌っていた曲なのですが、昨日の講演会で全曲改めて聴く機会に恵まれ、当時は気付かなかった音楽的なしかけ、詩に散りばめられた丸山豊氏の地元愛の深さに気付かされました。
この曲は、母校だけでなく、近年は地元の私立中学校でも歌われるようになっているのだそうです。
この曲に込められた想いと共に、地元に根付いていってほしい曲の1つです。
chikugoriver.jpg
筑後川




posted by Deanna at 14:33| Comment(0) | TrackBack(0) | Deanna's Log | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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