2013年09月30日

YANAGISAWA

コソボで指揮者として活躍している柳澤さん。先日、TVで取り上げられていました。
存じ上げなくて申し訳ない・・・と思いながら拝見しました。
男性1人のシンプルな部屋に、なぜだか電子ピアノが置いてあって、違和感を感じたのです。そしたらやっぱり音楽家だった。音楽家というか、指揮者。
民族紛争が続く危険な国に留まって指揮者活動を続け、敵対する民族を融合させた室内楽団を指揮されているそうです。
彼の素晴らしいところは、その室内管弦楽団の活動を今も続けていること。


基本的に私は「音楽に国境はない」と思っている人間で、言葉が通じない国の人とでも一緒に演奏できたら「楽しかった」「よかった」と感じることができると思っています。まぁ、実際、多国籍の企画物のオケに乗って、「一緒に演奏できてよかったね☆」と感じたことがあるので。

私は、「音楽は趣味でやっています」と堂々と言い張っている人間で、仕事で音楽やってる人には非常に失礼なタイプの人間なのだろうと自覚していますが、それでも、ちょっとした音の響きで相手に“言葉では表現できないニュアンス”を伝えられることに感動を覚えるし、また、私自身も演奏家の思いを少しでも多く感じたくてとことん1つの曲に向き合うことだってあります。
つまり、音楽を知るということは、それはそのまま自分の世界を広げうる可能性を持つということなのだと思うようになりました。

きっと、民族紛争が起こっている国の人々も、好きで武器を持って闘っているわけではないと思います。
わかりあえる日がきっとくると信じています。
コソボやセルビアの皆さんも、音楽を通して、いろんな世界への窓口を開いていってほしいなと、かなり上から目線ですが、思ったりしたわけです。

最近は教会でパイプオルガンを弾くこともあり、バッハのオルガン曲など、いわゆるバロック派の音楽に触れる機会が増えました。もちろん、管弦楽団では古典派やロマン派の楽曲に触れています。
様々な時代の、そして様々な国の作曲家の曲を知れば知るほど、時代がどんなに変わろうと、科学がどんなに進化しようと、どこの国にいようと、人の気持ちの揺れ、抑えきれない想い、怒り、憎しみ、哀しみ・・・、そういうものは変わっていないように感じます。
ずっと前にこのブログで書いたかもしれませんが、やはり、音楽は刹那であり永遠でもあるのです。
posted by Deanna at 18:09| Comment(0) | TrackBack(0) | Deanna's Log | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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