2010年09月24日

予言者と預言者

6年前だか7年前だか、ハリポタ原著を読む元気があって、かつ、聖書のお勉強を始めた頃。

牧師先生から「聖書に出てくる、有名なよげんしゃ、知ってる?」と尋ねられ、「予言者?…予言……あ、ノストラダムス!」と元気に答えた私。

その間違い、かなり美味しいよ、と笑われ。


指輪物語に出てくるガンダルフはイスタリでありながら予言者的な役割も果たし、彼の予言は時の執政者にとって耳の痛い話も多かったことから、ガンダルフはやや否定的・拒否的に扱われていたり。
ハリポタに出てくるトレローニー先生のまともな予言と言えば 純潔ではない男の子がヴォルデモート卿の宿敵になるだろうということだったり(この予言を耳にしたヴォルデモート卿はハリーの命を狙うようになる)。

私たちが想像する予言者って、起こりうる未来を教えてくれる人。


聖書でいうよげんしゃとは、予言者ではなく、預言者。
神の言葉を預かり、それを行う人のこと。
有名なのは、
ノア(創造主に方舟を作るように言われる)、
アブラハム(子作りに励め、子どもには約束の地を与える、と言われ、子作りに励む100歳に近いじいちゃん)、
モーセ(口下手だから自分には無理だと断っているのに、KYな神によってイスラエル人をエジプトから連れ出すハメになってしまう、多少気の毒なオヤジ。出エジプトの際、育ての親と戦うことになり、けっこうエグい行動を取ったこともある。紅海を真っ二つに割ったエピソードは有名だが、神からもらった十戒の石板を怒りに任せて折って破壊してしまったエピソードはあまり知られていない)
あたりが有名。

ユダヤ教では、イエス(ヨシュア君)は預言者であり、救世主ではない。
その一方で、ユダの裏切りなんかは予言しちゃってる。


あの時 予言と預言を間違えなければ、今でも私はノストラダムスの予言と 聖書に出てくる預言者の違いも知らず、demonとdevilの違いもわからないままだったんだろうなぁ。
次回のテーマはダビデさん。
いえ、ウソです。


posted by Deanna at 08:15| Comment(0) | TrackBack(0) | Deanna's Log | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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